東日本大震災から10年
震災の影響を受けた子どもたちがハタチになるまで支え続けたいと想い始めたハタチ基金の活動も、今年で10年目の折り返し地点を迎えることができました。
震災後10年間を幼少期・思春期の子どもとして過ごすことは、誰も経験をしたことのない日々でした。それでも、震災当時に小学生だった子どもが高校生となり「将来は地元に帰ってきて働きたい」と未来を思い描きながら勉強に励む姿。震災当時に高校生だった子どもが社会人となり「自分が支援してもらった恩返しがしたい」とサポーターとなって声を上げてくれる姿。彼らは本当に頼もしく成長しています。 東北の子どもたちの思い描く未来に寄り添い、"2031年、復興のその先へ"を皆様と共に実現していきたいと心より願っております。
「支えてもらう側から支える側へ」
この10年で成長した若者が、今度は自分が支え手として被災地の子どもたちをサポートしてくれています。
活動・団体への感謝や愛着、「自分が変われたように、これからの子どもたちにも変化のきっかけを作りたい」という想いが、支援されるから支援するへの循環になっていると感じます。
今回はNPO法人キッズドアの活動に参加した当時中学生、現在は大学生の声をお届けします。
2011年3月、突如発生した東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故により、当時小学5年生だった私は、わけもわからず浪江町から避難しました。その後、小学6年生は千葉県で、中学・高校時代は埼玉県で過ごしました。
中学1年生の時、両親の知り合いか らキッズドアの活動を紹介され、参加することにしました。そこではパソコン学習や英会話をしたり、英語でプレゼン発表などをしました。数か月に1回のイベントでしたが、友達やスタッフの方との勉強やおしゃべりがとても楽しみだった記憶があります。当時は英語に苦手意識がありましたが「難しいけど伝わると楽しい!」と思えるようになりました。
その後、山形県の大学に進学し、2年生の時から仙台市にあるキッズドア東北で学習支援ボランティアをしています。「中学生の時にサポートしてくれたスタッフのように、私も子ども達をサポートしたい!」と思ったからです。現在は大学4年生となり、来年からは子どもと関わる仕事に就きます。当時の私自身が何に悩み何に喜んだかを思い出しながら、子ども達の学習をサポートしていきたいです。
寄付する
※みなさまからお預かりした寄付金は、毎年3月1日から8月末日までの振込み分を9月末日に、また9月1日から2月末日までの振込み分を3月末に各団体へ寄付いたします。
なお、災害支援の受付け期間、寄付実施時期等については、各支援内容に基づき実施いたします。
活動レポート
- 募金・寄付ハタチ基金~東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが無事にハタチを迎えるその日まで~
- 募金・寄付東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが無事にハタチを迎えるその日まで
- 募金・寄付東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが無事にハタチを迎えるその日まで
- 募金・寄付東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが無事にハタチを迎えるその日まで
- 募金・寄付東日本大震災支援 ハタチ基金
- 募金・寄付東日本大震災支援 ハタチ基金
- 募金・寄付東日本大震災支援 ハタチ基金
- 募金・寄付東日本大震災支援 ハタチ基金
- 募金・寄付東日本大震災支援 ハタチ基金
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震災の影響を受けた子どもたちがハタチになるまで支え続けたいと想い始めたハタチ基金の活動も、今年で10年目の折り返し地点を迎えることができました。
震災後10年間を幼少期・思春期の子どもとして過ごすことは、誰も経験をしたことのない日々でした。それでも、震災当時に小学生だった子どもが高校生となり「将来は地元に帰ってきて働きたい」と未来を思い描きながら勉強に励む姿。震災当時に高校生だった子どもが社会人となり「自分が支援してもらった恩返しがしたい」とサポーターとなって声を上げてくれる姿。彼らは本当に頼もしく成長しています。 東北の子どもたちの思い描く未来に寄り添い、"2031年、復興のその先へ"を皆様と共に実現していきたいと心より願っております。
震災後10年間を幼少期・思春期の子どもとして過ごすことは、誰も経験をしたことのない日々でした。それでも、震災当時に小学生だった子どもが高校生となり「将来は地元に帰ってきて働きたい」と未来を思い描きながら勉強に励む姿。震災当時に高校生だった子どもが社会人となり「自分が支援してもらった恩返しがしたい」とサポーターとなって声を上げてくれる姿。彼らは本当に頼もしく成長しています。 東北の子どもたちの思い描く未来に寄り添い、"2031年、復興のその先へ"を皆様と共に実現していきたいと心より願っております。
「支えてもらう側から支える側へ」
この10年で成長した若者が、今度は自分が支え手として被災地の子どもたちをサポートしてくれています。
活動・団体への感謝や愛着、「自分が変われたように、これからの子どもたちにも変化のきっかけを作りたい」という想いが、支援されるから支援するへの循環になっていると感じます。
今回はNPO法人キッズドアの活動に参加した当時中学生、現在は大学生の声をお届けします。
この10年で成長した若者が、今度は自分が支え手として被災地の子どもたちをサポートしてくれています。
活動・団体への感謝や愛着、「自分が変われたように、これからの子どもたちにも変化のきっかけを作りたい」という想いが、支援されるから支援するへの循環になっていると感じます。
今回はNPO法人キッズドアの活動に参加した当時中学生、現在は大学生の声をお届けします。
2011年3月、突如発生した東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故により、当時小学5年生だった私は、わけもわからず浪江町から避難しました。その後、小学6年生は千葉県で、中学・高校時代は埼玉県で過ごしました。
中学1年生の時、両親の知り合いか らキッズドアの活動を紹介され、参加することにしました。そこではパソコン学習や英会話をしたり、英語でプレゼン発表などをしました。数か月に1回のイベントでしたが、友達やスタッフの方との勉強やおしゃべりがとても楽しみだった記憶があります。当時は英語に苦手意識がありましたが「難しいけど伝わると楽しい!」と思えるようになりました。
その後、山形県の大学に進学し、2年生の時から仙台市にあるキッズドア東北で学習支援ボランティアをしています。「中学生の時にサポートしてくれたスタッフのように、私も子ども達をサポートしたい!」と思ったからです。現在は大学4年生となり、来年からは子どもと関わる仕事に就きます。当時の私自身が何に悩み何に喜んだかを思い出しながら、子ども達の学習をサポートしていきたいです。
中学1年生の時、両親の知り合いか らキッズドアの活動を紹介され、参加することにしました。そこではパソコン学習や英会話をしたり、英語でプレゼン発表などをしました。数か月に1回のイベントでしたが、友達やスタッフの方との勉強やおしゃべりがとても楽しみだった記憶があります。当時は英語に苦手意識がありましたが「難しいけど伝わると楽しい!」と思えるようになりました。
その後、山形県の大学に進学し、2年生の時から仙台市にあるキッズドア東北で学習支援ボランティアをしています。「中学生の時にサポートしてくれたスタッフのように、私も子ども達をサポートしたい!」と思ったからです。現在は大学4年生となり、来年からは子どもと関わる仕事に就きます。当時の私自身が何に悩み何に喜んだかを思い出しながら、子ども達の学習をサポートしていきたいです。
※みなさまからお預かりした寄付金は、毎年3月1日から8月末日までの振込み分を9月末日に、また9月1日から2月末日までの振込み分を3月末に各団体へ寄付いたします。
なお、災害支援の受付け期間、寄付実施時期等については、各支援内容に基づき実施いたします。